独白アフタータッチ

ひねくれ者のひとりごと

深夜の愚痴

 

真空ジェシカが冗談を縦置きして省スペースを図ったり、Dr.ハインリッヒがエア・太宰治に「もっと自信もって生きろ!」つってビンタして「生まれてきてごめんなさい」のアンチテーゼを唱えたり、「なんでこんなこと思いつくの……?」と無意識に決めてしまった限界の遥か先から笑わせてくれる。

 

やっぱり覚悟の差なのかな、なんて寝ぼけたことを思ってしまう。

 

Q.「命燃やして人生賭けてまでやりたいことはありますか?」
A.「ないなあ、わからん」

 

西尾維新作品の特徴とも言える小気味の好い会話パート。そこから“お笑いのエッセンス”を感じ取った人の感性に脱帽。

 

「ああそれワタシも思いました〜」って乗っかるのは誰にだってできるから。
インタビューなんか読んだときに、世間で天才だなんだって持て囃されてる人だって案外人間なんだなって思ってしまうのは、自分の頭で考えられてないことの証明かも、なんて思う。

 

憧れは嫉妬か、それとも呪いか。

 

「知らないことを知るのに喜びを感じるのは万人がそうやと思う。こよみさんだけの感覚としてその面白さの根底が何か言語化できないならそんな曖昧なこと言わんほうがええ」

 

この間初めて人に言われて、確かにと思った。

 

ぐうの音も出ない。けれど。言語化できないからこんなにも息苦しくて、イラついて。別に言ってくれた人は何も悪くないのに。

 

「うなじのあたりにUSBポートがある筈なんだ。そこに刺して頭を覗いてくれないか? そしたらあなたには、僕の言わんとすることがわかるかもしれないだろ」

とは言えない。そんなもんねえよ。

 

漫画家の人が面白いことを言っていた。

「本当に夢に破れた人ってそんなに多くない。夢に破れてないのに、勝手に無理だって決めつけて諦めただけ、勝負もしてないのに」

みたいな感じだったと思う。

 

痛いこと言うよ全く。でも憎いとは思わない。だってそう思うから。

 

僕は小説を書き切ることを人生の裏テーマに日々へばりついているけれど、書き切っていない内からグダグタと言っている。余計なことを考えた挙句、それらのせいにして自分を誤魔化す。

 

口下手連中みんながみんな、文章で勝負できる訳じゃない。
ただ生きづらさを感じるだけの人もごまんといて、けれど、何もしないうちから——というよりはやり切らないうちから決めつけたくはなくて、もしかしたら苦しい方苦しい方へ自分から流れていってるとも取れる。

 

上を向けるほどバカじゃないけど、考えなしに下ばっか見れるほどお利口さんでもない。じゃあどうするか? 言語化できないなりに伝える方法でも考える他あるまい。といういつもと同じ着地点。

 

ヤマもオチもないけれど、深夜の愚痴なんてものは後から恥ずかしいくらいでいいと思う。

 

今年はあと何回似たようなテーマで愚痴るのか? なんてのは逆に気になりますね。(前向き!)

 

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