独白アフタータッチ

ひねくれ者のひとりごと

【番外編】めざせ日刊投稿 4日目

 

4日目です。日刊投稿とかなんとか大見得を切っておきながら1週間もたなかったらダサいな?という羞恥心だけでキーボードを叩いています。自分の尻に火を付けて走ってる。
あ゛っ゛っ゛っ゛つ゛!(クソでかい声)

 

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先日ぼーっとツイッターを眺めていると「読者はキャラクターひとりひとりなど覚えておらず、髪の色と性別のみでしか判別できていない」というツイート(たしかこういう内容だった)を見かけ、痛いところを突かれた気持ちになりました。

 

これは確かマンガの話だったと思うのですが、ブログも同じだなと思いました。書いている当人は至ってマジメに書いているし、そもそも並以上の興味関心がなければわざわざ長ったらしく思いの丈をブログに綴らないと思います。お気持ち長文ツイートの量産で良すぎるし。
太宰治の『葉』にもこんな感じのセリフがありましたが、相手に伝わるなら文章なんて短い方が良いです。

 

僕のブログは基本的に文字ばっかりで、客観的に見て読ませる気のないブログだなと思います。

 

主観的に言えば「ブログの中で強調したいときには色を変えたりボールドにしたりしているし、圧迫感が出ないように数行に一回は一行分開けている」程度の気遣いというか、それに準ずることは最低限しています。
でもそんな配慮、普通はそこまで汲み取らないですよね、つまりそういうことです。

 

引きで見たら全部同じに見えるというのはもう、作り手の怠慢だと言えます。さらにブログというのは動画や音楽と違い、読み手にも一定の負担を強いるコンテンツです。

 

自分の好きなブロガーであればみちみちに詰まった記事でも読むかもしれませんが、
通りすがりでふと覗いた記事がみちみちだったら途中でブラウザバックするか、よくて終わりまで読み飛ばすかだと思います。
どちらにせよ「次」はありません。

 

書き手が趣味で楽しくて書くのと同じように、読み手もまた、どこかに面白さを見出しているから色々覗くのだと思います。つまり娯楽です。つまりエンターテインメントです。

 

エンターテインメントを消費するのに、なぜ大きな負担を強いられねばならぬのかと10人いたら120人が思うはずです。極端に言えば、頭空っぽにしていても楽しいから娯楽として成立している訳です。

 
僕は今日(2020/09/04)までで7本投稿していますが、ほとんどが厭世的というかジメジメしていて暗いです。今の時世的に明るい話題というのが難しいような気もしますが今扱う事に意味があると思います。
だからこそ僕は本編で「明るい話題」を扱おうと感性のアンテナを広げました。

 

今は無理でも、これまで受信したもの・これから受信するものは、然るべきタイミングで必ず役に立つと思います。いつかは分からないけど「来る」気がする。

 

僕らは死人ではありません。れっきとした生者で、今を生きています。腹も減るし、眠くもなるし、劣情だって抱くし、腹もたてるし、悲しければ、嬉しければ、涙だって流れます。

 

だからこそ書き手は、マスはかいてもあぐらをかくことなど言語道断だと思う。周りを見てみれば、僕なんかより数段面白くて数字もあるような人でも、そういった傲りを持っている人は少ないように思う。

 

僕のような青二才が手を抜いて良い訳がないと思う、建前では。もちろんすごいな〜という憧れのような感情はあるけれど、”憧れは理解から最も遠い感情だよ”です。
絶対のし上がってやるぞ!!!!が今の僕が持っている本音です。笑いたきゃ笑ってください。

 

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ぶっちゃけ書き手が一生懸命作っていようがいまいが読むのダルいと思われたらそれが全てを物語ってるよなとか、ぶっちゃけ文字だけだと圧凄くてあんまりちゃんと読まないから結果として似たり寄ったりに見えるよなとかそんな話。

 

もし今後ペンネームやらラジオネームやらを作る機会があったら「コヨミ・グレゴリオ」とかが良いですね(ダサすぎる)カズオ・イシグロみたいでかっこいいし。

 

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