独白アフタータッチ

ひねくれ者のひとりごと

【008】惜別 - 一夜茸のバケットリスト

「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでもいっしょに行こう。僕はもう、あのさそりのように、ほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない」「うん。僕だってそうだ」カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでいました。「けれどもほんとうのさいわいはいったいなんだろう」ジョバンニが言いました。

引用:宮沢賢治(1934)『銀河鉄道の夜青空文庫, https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/43737_19215.html (アクセス日2020/8/24), 底本:「銀河鉄道の夜」角川文庫、角川書店,1969(昭和44)年7月20日改版初版発行,1987(昭和62)年3月30日改版50版,入力:幸野素子,校正:土屋隆,2005年8月18日作成,2010年11月1日修正

  

9月になりましたが依然として暑い日が続きますね、、、皆様もご自愛ください。今月もよろしくお願いします。

 

--------キリトリ--------

 

先日、ネット出身の小説家が引退した。曰く「感想はおろか反応すら貰えないこと、それ即ち自分の書くものはもうつまらないのだろう」だそうだ。そしてこれは誰かの説得で揺らぐような軽い想いではないらしい。

 

彼はプロの小説家で僕はただのブログ投稿者で、同じ土俵に立っていない事は理解しているが、僕には彼の言い分がわからなかった。

 

確かに深層心理的な、自分自身でも感覚的にしか認識できていない価値観を、言語化して他の人へ共有することがとてつもなく難しいというのはわかる。

 

ただ、面白い・面白くないの決定権が自分ではなくなっている事が解せないのだ。挙句自分の作品をゴミカス扱いまでしている。

 

「外からの反応がない=おもしろくない」の構図はある意味で正しい。なぜなら、なんであれ大衆の支持を受けているものは(個人的な好き嫌いを差し引けば)多くの場合、実際に面白いからだ。

 

だがこの構図は消費者目線での話だろう。生産者はエゴでなくてはならないと僕は思う。当たり前と言えば当たり前だが、「手前が面白いと胸張って送り出してやれねえモンが、どうして人様に評価していただけるのか」という話だ。それにも関わらず彼は自分の外に理由を探し、そして筆を折った。

 

常に評価され続ける人など一握りで、自分が平凡でなくとも非凡ではない事を彼が理解しているからこその無期限休止なのだろう。「え?面白すぎない?自分もしかして天才では?」といった、自分のエゴを信じ続ける事ができなくなったのだろう。

 

何度も言うが、同じ土俵ではないのだから根本的に理解できないということを理解した上で、全く理解できない。突然、何の前触れもなくぷつりと糸が切れてしまう事がある事を、理解できるからこそ理解できないし解せない。

 

僕は底辺も底辺みたいなところで(※ボトム的な意味合い、断じてブログサイトを貶している訳ではない)、絞りカスの残りカスみたいな内容で、都合よく改変される「責任」という規律で、緩くやっている。マスターベーションと言われれば否定できない。

 

だがそんな僕が胸を張って言えることといえば、自分のエゴを信仰しているということだ。僕はいつだって自分の面白いと感じた感性の赴くままに筆を走らせている。記事のタイトルだって「えっっっ良すぎでは????天才か???」とかなんとか思いながら考えている。

 

本文もそうで、消費者として一読者として読んだときに表現が強いなと思うこともあるが、ストーリーテラーは「ぼく」ではなく、あくまでも「こよみ」であるから多少天狗になって書いている。歩みを進めた分だけ過去の創作物との軋轢は生じるし、時々無性に消したくなるが、それだって愛すべき我が軌跡たちだ。

 

創作する上でインプットはとても大切なことだが、やはりエゴという原動力があってのことで、精神論なんだと思う。炎が冷たいと思えば冷たいし氷が熱いと思えば熱いし、自分の創作物が面白いと思えば面白い。

 

結局僕は文章という方法で自分を表現していた先達が、「自分のエゴを信じ続けられなかった」という形で去っていくことに哀しみを思うからこそ、深層心理的には彼の言い分を理解していながらも、それを理解せずに感情的になっているだけなのだと思う。

 

それはそれとして、今まで走ってきた先達には敬意を表して飾らない言葉を送ろうと思う。お疲れ様でした。

 

--------キリトリ--------

 

【007】すっ飛ばしてなんで【008】なんだ?と思った方もいると思いますが、扱うテーマは決まっているけれどなんとなく書けないからです。

 

【007】はいわゆる「長文お気持ちツイート」の様な感じになる予定なのですが、今の中途半端な心境では筆も進まないし気も乗りません。間違っていても浅くても良いけれど、やはり中途半端だけは絶対的に許せないのです。

 

もしかしたら【007】より先に【009】が更新されたりしてね…(フラグ)

 

その時の事はその時また考えようと思います。ケ・セラ・セラ。またいつかの「独白アフタータッチ」でお会いしましょう。では。

 

ブログ名「独白アフタータッチ」が万葉仮名で書かれている。

 サムネ用