独白アフタータッチ

ひねくれ者のひとりごと

【004】微酔 - 午前參時のバッドトリップ

「ぼくはうれしい、そうか、きみは覚えていてくれたんだな、そうか、ぼくはうれしい、ぼくもまだそれ程には忘れられてはいないんだな」

 

引用:山本周五郎(1949) 『陽気な客』青空文庫, https://www.aozora.gr.jp/cards/001869/files/57784_70489.html(アクセス日:2020/7/27), 底本:「山本周五郎全集第二十二巻 契りきぬ・落ち梅記」新潮社,1983(昭和58)年4月25日発行,初出:「苦楽」苦楽社,1949(昭和24)年8月, 入力:特定非営利活動法人はるかぜ, 校正:北川松生,2020年2月21日作成

 

八月最初の投稿になります。今月もよろしくお願いします。  今回はコギト的な感じのお話。

 

--------キリトリ--------

 

「あなたが影響を受けたものを教えてください」

よくある質問。僕は未だに答えに窮してしまうのだがその理由として、はっきり「これ!」と後腐れなく言い切ることが出来ないというのがある。ずっと背負っていく自信がない。

 

例えば、米津玄師は以前ラジオで平沢進「MOTHER」という曲に影響を受けたと言っていた。もちろん影響を受けたものがこれだけでは無いのは想像に難くないけれど、とりあえず一つバシッと言えること自体がすごいなと思った。

 

ラジオを聴いていた世界線を、そして自己の認証欲求が醜く肥大した世界線に到達したからこそ、今こうやって物書きの真似事をする世界線にいる。ラジオを聴かなければ間違いなく今の僕はいないと言い切れる程には、僕がラジオから半端なく影響を受けているという自覚はあるが、ラジオという文字の並びにどこまで押し付けていいかまでは判らなかった。

 

【002】のラジオ回では愛聴していた素晴らしい番組の数々や、それらを楽しむ過程で知り得たアーティスト、コンテンツについて楽しい気持ち100%(濃縮還元)で書く予定だった。

 

ただこれだとラジオを通して知り得たものに影響を受けた話になってしまうし、「ラジオってこんなに魅力的なんだぞ」というラジオそのものの話をできていないような気がしてどうにも楽しく書くことが出来なかった。もちろんその時知り得たもの達からも影響を受けて今がある訳なのだが、テーマとしてどっちつかずというか、何に対しても真摯さに欠ける気がして下書きを削除した。回想終わり。

 

この回想から言えることは、一瞬であれ何か一つのものに影響という言葉を背負わせるのは難しいということだ。少なくとも僕には重すぎる。

 

もしかしたら、僕が何かに本気で打ち込んだ事の無い薄っぺらい人間だから一つに絞ることが出来ないのかもしれない。それも可能性として十分に考えられる。受けた影響を原動のそれと勘違うなら一理ないこともないが、譲れるのは一理までなわけで。

 

あんなに好きだったはずのものがひと月経ったら自分にとって無価値なものに成り果てることはままある。「昔好きだったバンドが今はそうでもない」なんてのは身に覚えのある人も多いのではないだろうか。

 

影響を受けたのだから当然前とは一歩分違う人間になっている。考え方も一歩分ズレる。だからいつか別れが来る。それが遅いか早いかの話だと僕は思う。

 

「今を生きているのだから日々影響を受ける、出会ったのだから別れがある」というのが僕なりにたどり着いた問いとの向き合い方だ。ある時点では間違いなく影響を受けていた、でも今は違う。それでいいじゃん、って思う。

 

だから「あなたが影響を受けたものを教えてください」に対して僕は答を一つに絞らない。後悔はもう十分だろう。ある人は僕を無責任だと言ったけれど。今の僕が過去の僕になったとき、この選択を後悔しないと言い切れないけれど、そんな僕が自分だけの答えにたどり着いたのだ。そんな自分を今は誇りに思う。

 

--------キリトリ--------

 

ずっと胸の中でモヤついてた想いを“ひとりごと”として消化して、少しだけ前を向けた気がする。小さいけれど大切な一歩。

 

タイトルは現実から目を逸らして9%の缶チューハイで雑に気持ちよくなった後、アルコールが切れてテンションが最低になった某日の夜中に作成。(低俗)

 

さて次回は自分語り回を設ける予定です。いつか自分語りしてみたいと思っていたので自分が一番ワクワクしています。

 

 

  

オレンジ色一色の画像の中央に漢字で「酔」と書かれている

サムネ用