独白アフタータッチ

ひねくれ者のひとりごと

【012】決意 - 閑話思題

 

僕には責任がない。
お金を貰っている訳ではないから、誰にも見られていなくても、つまらなくても、別に辞める必要はない。
それってすごい事だけど、同時にとても虚しい事でもある。だってそれはだから。優しい優しい嘘だから。

 

二十過ぎればただの人ではないけれど、どうしたっていつか、いい歳して何やってるんですか?と思う日が来る。

 

「社会に創出した価値が対価として報酬になる」という基本原則を捻じ曲げて、
「報酬は要りません。価値もないかもしれません」なんて誤魔化して、僕は存在している。
この世界で“例外”は許されない。例外である僕は、遅かれ早かれいなくなる。人知れず、いなくなる。

 

だから、僕の消費期限は実質的に短くなっていると思う。何度失敗しても、またやり直せばいいやという“ぬるさ”を捨てなくてはならない——のだと思う。

 

終わりはいつだって突然で、綺麗に終わろうなんて、それこそ綺麗事だと思う。

 

だからこそ僕は、今後自分に遺恨を残さない為にも、重い腰をあげることにした。

 

どうせいつか消えるなら、
自分が納得できる消え方をしたいと思うから、
物語を書いてみることにした。

 

悔いなく終わるための物語を。
悔いなく逝くための物語を。

 

改めて記す自分なりの責任。
一方で、ゲッシュのような代償はない、所詮口約束程度の責任。

 

口先だけの耳触りのいいことはこの辺りにして、あとは形で示そうと思う。
あ、文章だから筆先か指先かな……?

 

いつになるかは分からないけれど、完成した暁には、ここでもお伝えする。今はこれが精一杯の形。

 

----------------

 

というわけで、僕は物語を書き始めました。小説なんて言うのは、やっぱりどこか抵抗があるので、自分から進んで言うことはないと思いますけれど、世間一般で言うところの小説に該当するものを書き始めました。

 

始めたからには終わらせます。なので、完成した暁には公開しようと思います。いつになるかわからないけど、その時はしっかり報告します。

 

今はまだ消えるつもりはないですが、これもまた“終活”の形ということでひとつ。

 

決意

サムネ用

【011】弥縫 - 可惜夜のアタラクシア

 

訊き返すと彼は、苦笑まじりにこう答えた。「仕事だからだ」

引用:伊坂幸太郎『死神の精度』, 文春文庫, 2008.

 

--------キリトリ--------

 

口語で行われるような、意図しない偶然の言葉遊びが好き。

 

「しかしあの御一行、どうせ同じ注文なら一度でまとめて欲しかったよな」

「結果だけ見れば一向に構わないんだけど、タイミングが悪かったね」

「ご『一行』『一向』ってか?さすがだな」

「違うわ!」

 

みたいな会話が繋がるような、“ひたすら”に偶然性のある会話。(くどい)


こういった偶然性を自分の発想に取り込みたいなんて思うけれど、気をつけなくてはならないことがある。誤用である。

 

言葉の誤用が怖い。誤用でなくても、数行に及ぶまどろこしい注釈の出番があるような、そんな使い方をしてしまうのが怖い。

 

僕は言葉を知らない事を自覚しているので、突然思い出した言葉を使いたい時には、一度調べるように心掛けていた。

 

そんな涙ぐましくも当たり前の行動も虚しく、誤用をした。
“知った気”になっている言葉に気付けなかった。
慢心だった。

 

前回誤用をしたときの事を鮮明に覚えている。というか、恥ずかしくて指摘された日を一度だって忘れたことはない。

 

指摘してくれた人は色々あってもういないのだけれど、一発デカい借りを作ってしまったものだから、このやるせなさったらない。

 

*「僕はやられっぱなしってのが、どうにも嫌でねぇ……」

 

ヒルなセリフでカッコつけてみる。

 

*まぁ早い話が、借りたものをキッチリ返しておきたいだけなんだけど。
やられっぱなしの事実が悔しい。

 

大人気ないし、カッコつかなかった。
最悪だよ、お前は。

 

そんなこんなで前よりも辞書に頼るようになった訳だけれど、これは案外良い方に倒れた——と思う。

 

自信のない言葉を調べた時に、1ページ2ページ追加でめくってみて、気になった単語を何個か紙に書き出してみる、といったことをするようになった。

 

恥のノート、恥の書、ブック・オブ・シェーム。言い方は様々ながら詰まるところ、これ。今回は恥のノートで統一する。

 

恥のノート。
音の響き的に、小学校の道徳のサブ教材にありそうだな、みたいなことを少しだけ思った。

 

そんな恥のノートが、なんの役に立つのかと言われても、いつかなにかの役に立つとしか言い様がない。

 

強いて言うならば、リスがどんぐり埋めた場所を忘れるアレ。
忘れた頃に芽が出るどんぐり。

 

「あ゛〜!(クソデカボイス)、これは見たことあるぞ!!」とか、
「これって確かアレと同じ意味だったよな」とか。

 

どういう形で芽吹くかは分からないけれど、これは多分意味を成すタイプのやつだと思うので、飽きるまでは続けようと思った。

 

将来的に引き出し増えればいいな~くらいの軽い気持ちで、己の脳に“植林活動”をする秋。
芽吹くといいな。

 

--------キリトリ--------

 

もう11月ってまじ? の顔。
急に寒くなりましたね。
年の瀬がすぐそこに見えるところまで来ちまった感があります…… 

 

少し裏の話をしますと、こちら本当は先月の2本目になる予定の記事でした。いろいろゴタついていたら書き終わらなさそうだったし、なんなら10月の方が先に終わりそうだったので、諦めて11月に回すことにしました^^;(諦めるな)

 

書き始めたのは10月の頭だったのに、
「あ、やべっ」と改めて着手したのが11月1日。
もう何考えて書いてたのか何にも思い出せないまま、とりあえず手を動かして今。

 

なんだかいっつもそんなことばっかりやってるような……猛省。

 

11月こそはもう2本くらい捻出したいですね!

 

黄色く色づいたイチョウ並木の画像

サムネ用

【010】拾月 - そうっと壮途しませんか?

 

そう-と【壮途】
希望・期待に満ちた勇ましい門出。
「−に就く」

出典:『広辞苑(第6版)』, 2006, 岩波書店

 

気がつけば10月も三週目ですね。
月ノルマ分の更新になります、よろしくお願いします。

 

〜〜〜

 

今まで月初め一日にブログを更新するように志していたけれど、今月はどうもやる気が起きませんでした。
そんな折になにかのキャラクターが

 

「いいか?詩ってのは無理して絞り出すもんじゃない。心が“今だな”って思ったら自然と書けるもんなんだよ」
的な事を言っていたのを思い出した。

 

何かの作中の、文芸部かなんかのキャラクターだったような気がするけど思い出せない……

 

この話を引き合いに出して弛みを正当化しよう、みたいなことは考えてない。本当にたまたま。いやぁ〜偶然ってあるんだな。

 

僕という人間は、勢いに任せないとエンジンがうまくかからない機能的欠陥を抱えているので、物事を小分けにして進めるのが苦手だ。

 

だから片手間でも書き終えられるブログという媒体は、とても性に合っていると思う。日々思う。

 

こう言った手前ではあるけれど、一応僕はこれでもブログと真剣に向き合っているつもりなので“片手間”という言葉には少しばかり不満を覚える。
がしかし、事実を客観的に捉えると片手間そのものなんだよな……

 

やれやれ。

 

最近はというと、いつか書こうとしている物語について、人物やら設定やらをああでもないこうでもないと、思いを巡らせている。

 

何かを考えることはとても難しいということを考えられるようになった。無知の知なり。

 

今まで半分は見栄、半分は自信を鼓舞する為にブログというものを手練手管に誇張していたけれど、結局ブログはブログでしかないことを思い出した。

 

身体的・感覚的に書き物・読み物として一行の価値が違うという事は分かるけど、どちらも行為そのものは「言葉を紡ぐ」ということに他ならないのに、ブログは書いた感じがとても浅くて軽い。

 

今までも、そして今も“なにかを書いた気”になっているだけで、いや確かに考えて書いてはいるけれど、深さや重みが物語のそれとは根本的に違う。

 

ここにあるのは内容などない、ただただ虚しい文字の羅列。
独り善がりのひとりごと、独白、モノローグ。

 

実際にここまで読んでも得るものはないし、読まなくても失うものはない。

 

「得るもの」というのが曖昧だったので、僕の思う具体例を2つ。

 

「この文章群を誰かに読んでもらう事はできるが、自ら読みたくなるような惹き付けるものはないとか、

 

「読後何かを感じさせるような、カタルシスアフォリズムの要素はない」とか。

 

別にブログでそういったものを目指していないけれど、楽しくてやっているけれど、それでも違和感はあるというか。

 

語るに落ちると言うよりは、語るだけ落ちるというか。
いや、オチてはないけれど。
(ここの「語るに落ちる」は完全に誤用、言いたかっただけ。)

 

テーマを決めずに書き始めると、決まってブログという媒体と僕の目指しているものとの軋轢の話になる。

 

それだけ無意識のうちにズレを感じているからなのか、実力不足故なのか、僕にとって命題たらしめるものだからなのか、等々。
原因として考えられることは6つくらいすぐに思いつくけれど、そのどれもがトリガーとして弱いことは分かる。実際多分違うと思う。

 

僕のブログ観が「浅くて軽い」のは少なからず僕の題材のせいでもあるだろうし、何より物語と呼べるものをまだ一つも書き切っていない奴が何を言ったところで、憶測でものを語る極悪人でしかない。

 

はたしてブログは想像通り「浅くて軽い」のか、はたまた差異などなく「深さや重み」があるのか、今はまだ神のみぞ知るところ。
此度はここらでお開きにしましょう。

 

〜〜〜

 

久々に更新しました。
誰に何を言われるでもなく、書きたい事を書き殴っているだけなのでとても楽しいです。

 

ただやっぱり、楽しいだけだといつかぽっきり飽きてしまうような気もしていて、趣味と言えども清濁併せ吞んでこそかなと最近は思っています。

 

 別に物語を作ることが“濁”という訳ではないけど、一回は体験しておこうみたいな。そんな感じ。

 

だらだらと長々と無駄話をしてしまいましたが、今度こそ終わります。チェリオ

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サムネ用

【番外編】めざせ日刊投稿 最終日

 

今回が番外編最終回です。
完走していないのに終わるのか?と思ったあなた。
それは認識のズレです。なぜなら9月は今日で終わるからです。9月が最終回なのに月間日刊投稿が終わらなかったらおかしくないですか?

 

……は? 

 

完走はおろか日数も届かず。
いや、日数が届いてないから完走できないのか?なんだか卵が先かニワトリが先かみたいな話になってきました。

 

さて最終日は総括をするものと相場が決まっています(多分)。
総括するために番外編を“全て”読み返したんですけど、まじで地獄のような時間でした。
しんどい。

 

みなさんは自分の感想文とかそういった類のものを時間が経ってから読み返すことができますか?
僕は本当にキツいです。
なんかこう読んでいるとゾワゾワしてきます。で、書くときも書くときで後で読まないのを前提に書くもんだから結構イキっててキツい。

 

せっかく“地獄のような数分間”を脱したので、良かった点と悪かった点でも振り返ろうと思います。

 

〜〜〜

 

まずは良かった点から。

 

良かった点

 

1日の中でノルマ以外のことをやろうという前のめりな姿勢の片鱗を見た。

 

1時間って一瞬だし、1日って短いし、多少前のめりじゃないとやりたいことなんてやる時間取れないよなっていうごく当たり前のことなんだけど、当たり前って難しいんですよね。

 

時間は有限だからできるときにやろうぜ!!!
というのは言葉ではわかるけど、頭で考えてしまうともう何が何だか分からなくなってしまうから難しいです。

 

見やすいかどうか多少考えられるようになった。(レイアウト的な意味で)


パソコンの方が画面が大きくて見やすいので、投稿するときはもっぱらパソコンなんですが、
当然スマホとは画面の大きさが違いますし、当然次の行に切り替わるまでの文字数も違います。

 

あんまり考えないで入力するとスマホの画面が文字だけみたいなことになりかねません。

 

意識的に2〜3行に一度は改行して圧が出ないようにすること、同じ段落内でも見辛かったら改行すること等。

 

を感じると急に頭が文章として認識することを拒否してくるんですよね。
「あ、無理無理、(内容が)なんも入ってこーへん」と脳内の受け入れ態勢がシャットダウンしてしまう方もいると思います。

 

自分がもろにこのタイプなので、特に気をつけようと思いました。

 

こういったことも当たり前のことなんでしょうけど、当たり前って難しいです。知らぬ事が恥だとしても、知らなければどうすることもできません。

 

いくつか間違いが許されないこともあるけれど、この類に関してはせいぜい恥をかく程度ですし「間違えたら直そう」くらいの気持ちでいればいいかな、とそんな風に思いました。

 

次に悪かった点を見ていきましょう。

 

悪かった点

 

ぜんぜん日刊投稿しないじゃん。

 

正直いけっかな〜と思ってたんですけど、いろんなものがタイミングよく(悪く?)重なって中途半端な感じになっちまいました。

 

「まぁ大丈夫だけど保険はかけた方がいいかな〜、まぁ大丈夫だけど!w」
と盛大にフラグを建設して終わりました。

 

できない事を言うな!!!って話ではありますが、一個のことを能動的にやろうと動いたのは評価点ですかね。
自分に甘い。

 

サムネに落書きするって言ってませんでしたか?

 

^^;
時間が思ったよりない!ってなったときに真っ先に切り捨てた。え……

 

30分あれば便秘(全く思い浮かばないの意)でも200字くらいにはなると思いますが、残念なことに僕は絵が苦手なので30分もらってもなんにも描けないです。

 

殺風景なのが寂しいのでごちゃっとさせたかったんですが、時間がうまいこと作れず情けない限りです。

 

ネットの海を泳がせる以上は下手なりに納得するところまでは詰めたいけど、描く時間でその日のブログが書けるなぁと一度思ってしまって以降ポッキリ描かなくなりました。
仕方ないね^^;開き直るなカス

 

短めって言ってたのに平均長くない?

 

毎日投稿できなかった原因の中で、多分半分くらいのウエイトを占めている気がします。

 

500字くらいの短さなら多分毎日いけた気がするんだけれど、できませんでした。

 

なんかこう、そんなに短いなら数回に分けてツイートすれば良くない?になってしまうんですよね。

 

そんな要らんこだわりのせいでノルマ非達成な訳ですから目も当てられないですが……

 

〜〜〜

 

悪かった点は無限に書けてしまうので、それぞれ2個と3個にしました。長さ的にも丁度いいんじゃないでしょうかね。多分。

 

あと直接ダメな点とかではないんですけれど、なんとなくこれってこういう事なんだろうなぁと思ったことがあるので、その話でお茶を濁して終わろうと思います。

 

あけすけな言い方をしますと閲覧伸びね〜って話ですが、原因のいくつかは考えるまでもないことなので触れませんけれど、
それとは別に一個気がついたことがあります。

 

タイトルで概要がなんとなく掴める記事
(『〇〇に行って□□だった話』みたいなの)
が伸びがちだな〜と、ふとツイッターを眺めていて気がつきました。

 

普通に今更だろうし「我発見せり!」というよりは、
「なるほどなぁ〜」くらいのぬるい感覚なので、
「ネット初心者かな?」レベルの優しい目で見ていただけると幸いです。

 

これに気がついたからって、
今のところはタイトルでオトす感じのタイトルを使う気はないんですけれど(自分の目指しているものと違うし)。
……なんでこの話題を出したんだ???

  

そんなこんなで行き当たりばったりな、日数の足らない初めての日刊投稿は終わります。次はもっと短い期間でしっかり完走したいですね、
ほんとにね。

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サムネ用

【番外編】めざせ日刊投稿 22日目

 

9月22日。秋分の日。
シルバーウィークの最終日で国民の祝日

 

誕生日。特別を騙る何の変哲もない一日。バースデー。僕にとってはそれが今日なのですが。
正直あまり実感はなくて。毎年特に実感はないですけど、今年はひとしおありませんでした。

 

さすがに成人した時は少しばかり感動しましたけれど。ついにか、と。
干支の同じ祖母に祝いの電話を頂いた時に、そうか僕は二十歳になったのかという実感が湧いてきた。

 

そして電話を切ったその足でコンビニに行って安い缶チューハイを買いました。一口飲んで、レモン味の消毒用エタノールを口に含んだような気持ちになって、お酒っておいしいもんではないんだなと思ったのを今も鮮明に覚えている。
これが1年前。

 

時間を戻して今日。
21歳になった。身長は去年と変わらず164.4センチメートルで、体重は少し増えました。
スマホは6sから11になって、ワイヤレスイヤホンは片側なくしました。

 

二十歳になったときの特別感には「神社の境内で年を越す」ような感覚があって、まさに年に一度だなという感覚に肌がゾワッとしました。

 

今年はどうかと言えば、なんてことない1日を跨いでなんてことない日を迎えたような感覚でした。

 

法的に年齢が1加算されて、事実として歳を1つ取ったなというだけの、感覚というよりは認識。

 

便宜上去年の誕生日を起算日として、この一年は本当に一瞬だったなという感じが強くて、
脳内でも
「え?歳とったの?」
「まじで?誰が?・・・僕!?
という会話が飛び交っていました。

 

特別感を感じないことの一つには、
ある程度自由になってしまったことがあるかもしれません。今までは、カラオケの滞在時間が延びたり、選挙権をもらったり、車の免許が取れるようになったり、色々な制限が解除されてきました。

 

今までは待っていれば自動的に解除されてきたけれど、これからは欲しければ自分の手で取る必要があるというか、その挑戦権こそが自由というか。
これから解除されるのはせいぜい被選挙権くらいのもんですかね、よくわかんないけど。

 

一年が本当に早かった話に戻ります。
今日は反復横跳びをしたい気分なので、今と昔を行ったり来たりします。もちろん一瞬といっても、さすがに何月に何があったみたいなことはだいたい覚えていますけども。

 

時間の流れを早く感じたということは、それだけ充実していたとも言えるので、それはそれで素敵なことだと思います。

 

この感覚から、僕がふと心配になったことがあります。それは「いつか現実の年齢と自分の感覚にズレが生まれた時に、自分の老化に気づけないイタい大人になってしまうのかな」です。

 

年下相手に「俺もおじさんだからな〜w」という最低最悪な絡み方をしてくる“アレ”になりたくないし、いくら興味がなくてもたまには自分の年齢を思い返そうと胸に誓いました。

 

〜〜〜

 

いろいろすっ飛ばしてなぜ#22かと言えば、そういう事でした。本当は当日に投稿できれば良かったんですけど、間に合いませんでした。(いつもの)

 

番外編・ほぼ日刊シリーズはとりあえず一度9月で終わって、また月一の本編に戻ります。
月一といっても最低保証なのでもう少し頑張ろうと思っていますが、逃げ道を作っておかないとまた嘘つきになってしまうので言葉の上では月一ということにしています。

 

次回あたりに番外編の総括でもしようかなと思います。大見栄切っておきながらズタボロだった1箇月間日刊投稿は、一度自分の中で良かったところと悪かったところをきちんと整理すべきだと感じました。

 

なあなあで終わってしまうと本当にただズボラな無責任野郎になってしまうし。
まあその通りなんですけどね!ははは!

 

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サムネ用

【番外編】めざせ日刊投稿 12日目

 

短い頻度で思っていることを起こしてきましたが、毎日言っていることがちょっとずつ違うんですよね。それが10回分。

 

僕はまだまだ自分探しの途中で、逆に言えば考え方の「核」みたいなものも強いぼかしがかかっていてよく分かりません。

 

深く考えずに打鍵しているだけの瞬間とかもう茶飯事なのでダブル・スタンダードが怖かったのですが、その心配はなくて安心しました。
ブレまくりはブレまくりなんだけれど、そこまで張り切って好き勝手言いまくっていないからそこまでブレてなかったです。

 

だからこそ違和感に気づいたのもまた必然なのか、はたまた偶然なのかは神のみぞ知ると言うか・・・。あ、また適当な事ばっかり言っていますね、よくないよくない。

 

朝起きてツイッターみてとりあえず適当に書き始めているので頭が回ってない感じがすごいんですが、とりあえず手を動かさないとエンジンがかかりませんし、書かないと文字は増えないのでとりあえず手を動かしています。

 

昨日のものに続かせるつもりだったんですけど、うまいこと繋がるところが見つけられなかったというか、やはりその日のその時間にしか書けないものってあるんだなと。

 

繋がるように終わっていないものをわざわざ掘り返すのって昨日の今日でも難しくて、今日の時点でもう既にそんな事を考えていた奴はいません。たった一日でもされど一日で、明日にはきっと今の僕はいません。

 

手を動かしていますが、半端なく眠くてこれ以上書けそうにないので一旦寝ます。

 

〜〜〜

 

2時間昼寝して、1時間公園を散歩して、お肉屋さんのコロッケを2つ買って帰ってきました。

 

外に出ると秋の風が吹いていて少し肌寒さを感じましたけれど、日差しが暖かかったからか、公園ではゴザを敷いて酒盛りしているグループもいくつかありました。
フェイスシールドやマスクをしていたので呑みづらそうだなと思いました。

 

そんなこんなで一通りリフレッシュできたのでコロッケを買って帰宅。お肉屋さんのコロッケってなんであんなに美味しいんですかね。
なんかこう、ひと口かじるとうま〜〜!!!ってなります。多幸感という言葉のルーツは間違いなくこれだと思う。

 

部活の帰り道に食べたら最高においしかったんだろうなとか、ジャン負けで3人分奢ったり奢られたりなんて最高に青春だよなとか想いが巡ります。まぁ僕は帰宅部だったし、その手の友達もいなかったんですけれど。(そもそも友達が少ないんだけど)

 

〜〜〜

 

お風呂に入り就寝準備を終えてパソコンを開いてさっきの続きを書く。ようやっと筆が乗ってきました、もう終わるつもりでいますけど。

 

今日はzoomでゼミの友人ともゼミの後少し会話を交わしましたし、キャラクターを一人考えましたし、お肉屋さんのコロッケも食べましたし、結構充実していた気がします。

 

パチッ。
部屋の電気を消す。
今日もなんだかんだいい日だったなと思いながら布団に横たわる。今宵の僕はここらでお暇させていただこうと思う。おやすみなさい。

 

〜〜〜

 

書くこと思い浮かばなかったので僕の過ごした1日をそのまま切り取りました。文章で書いてしまうと昼寝の2時間よりもコロッケを食べている時間の方が文字数を取ってしまいます。
現実で流れる時間と反比例する文字数。

 

特に気にしたこともなかったのですが、せっかくダラダラ書いていたしどうせならと思って、1行に流れる時間をなるべく均一にしようと図りました。結果として無駄の多い文章になった感が否めないですが・・・。番外編らしさがあっていいのではないですかね(適当)。

 

まぁ、メタい事を言えば不要極まりない後語りを書いているので、おやすみなさいどころか部屋の電気も消えていません。なんなら記事投稿に際して諸設定いじってますからね・・・。

 

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サムネ用

【番外編】めざせ日刊投稿 11日目

僕はこうやってブログなんてものをやっているけれど、それは楽しくてやっているのだけれど、ふと考えてしまいました。
「僕はブログで何をしたいんだろうか」と。

 

何かやりたい・やらなきゃという強迫観念じみたものを感じたり、
「誰か」に背中を押されたりもしたけれど、
今「なんでやっているんですか?」と聞かれてしまうと答えに窮してしまう。
なんでやっているのかなんてそんな事、僕が一番知りたいです。

 

最近は新しいことにも能動的に手を出したり、実生活でも学校が始まったり、どちらかといえば充実していると思うんですが、だからこそなんでかなと思ってしまうとその違和感に立ち止まってしまう。

 

新しいことに手を出すというのは己が知的好奇心に従っているということなので、そんな素敵な時間が充実しないはずがありません。

 

同じように、ブログもやっていて楽しいです。が、一日の中でいわゆる趣味の時間に充てられる時間は限りなく有限で、これらを実生活の時間を脅かしてまで行う理由はありません。

 

実生活を脅かさない範囲でやっていることと、必要以上に「趣味」という言葉で縛っていることなんかが裏付けている気がします。
どういうことかと言えば、

 

「色々書きたいことはあるし他にも知りたいことがあるけど、
それら全てをやるには圧倒的に時間が足りないという時間的な制約こそが最大の敵で、
でも僕は別に現実を脅かしてまでやる理由がないことを理性で分かっているから、
僕の嫌いな中途半端という状態は、現状の僕自身のことを指している」ということでしょうか。

 

よっぽど内容が面白いか、大衆の知りたいタイムリーな話題が「需要」だということはなんとなく分かってきたのですが、その点僕のやっていることといえば、字数制限のないツイートみたいな感じです。水でふやけたスルメみたいだなと、客観的に見てそう思いました。

 

楽しいけれど、面白くはない。主観的にはそんな風に思いました。
2ヶ月で記事の作り方も少し変化しましたし、自分のスタイルというのもやっと芽が出てきたかな?といった実感はあるのですが、ぶっちゃけブログじゃなくでもいいんじゃないの?という違和感はだんだんと大きくなってきました。

 

〜〜〜 

 

この記事はこの時点で言いたいこと(疑問があるよ云々の話)をおおよそ言い終わっているので、あとは適当にオトして終わればそれでいいんですけれど、今日はもう少しその続きを書こうかなと思います。

 

〜〜〜

 

日刊投稿シリーズはとりあえず書いて書いて書く!というつもりで始めたものの、蓋を開けてみれば「ほぼ」という修飾にめちゃくちゃ助けられている有様です。ほぼでカバーできる範囲は余裕で駆け抜けてしまいましたが・・・。

 

完全に無計画で、その日しか書けなさそうな、日記的なイメージで始めたはずなのに意外と書く時間を作れませんでした。
もちろん先程から再三申し上げている現実を脅かしてまで云々という話でもあるのですが、どちらかと言えばこれは僕の怠慢が原因だと思います。

 

もちろん本当に時間がない日もありましたけど、せいぜい千字程度ですし時間がなくても書けない量ではありません。なんなら800字くらいで妥協していた日もあった気がします。

 

「無」から何かを見ようとすることの難しさ、とかではないんですよね。こんなかっこいいものじゃないです。

 

自分の中から切り売りするものがない事が原因というか、格好つけたがる事が原因というか、僕の薄っぺらい感情だと中落ちくらいの量しか切り売りできるものがありません。

 

僕は創作だなんだと、ああ言えばこう言ってたくさん虚を吐いて
自分も騙してきましたけれど、出来の悪いモノローグを延々切り売りしているに過ぎません。

 

まぁブログ名が「独白アフタータッチ」なので何も問題はないし、そう言えばそういうブログだった気がしますけれど。
またタイトルに救われました。

 

中落ちだの虚栄だの騙すだの、さんざん自分を下げてきたけれど、下げ方は案外ブレずにいたので安心を覚えました。

 

「核」なんてしっかりしたものではないけど、底のところは意外としっかり根付いていることが嬉しかったです。自分のことはもっと根無し草のエアプランツみたいな、本当に軸のないやつだと思っていましたから。

 

小説やってみたい!と思いました。ブログにはブログの良さがあって実際とても楽しいですが、僕がブログで書けることって結局独り言しかないというか。それでもいいかなとは思うんですけど。

 

今でも十分表現は自由ですけれど、表現の限界を見た気がします。表現というよりはやりたい事と場が合っていない“ズレ”というか。
ブログでリポグラム(特定の語や文字の使用を制限する縛り)やっていたらおかしい気がする。

 

 

「とりあえずやってみない事には始まらない」というのが、この後ろ向きに人格を植えつけたような男の唯一の前向きなポリシーなので信じてやりたいなと思っています。

 

僕の好きな作家もいつだかどこかで「とりあえず長編一本書いてみりゃいいんじゃない?」みたいなこと言っていたし、半分怖いもの見たさでやってみようかな・・・。という気持ちになりました。

 

いきなり長編レベルの文字数を書ける気がしないので(文字数“だけ”なら案外何とかなりそうな気がしなくもないですが)、まずは短編くらいを目指してやってみようと思います。

 

とはいえ、まだ日刊投稿シリーズは終わっちゃいません。まずはこちらをしっかりと書き切りたいですね、9月終わるまでに最低でもあと3回くらいは投稿したい・・・。
日刊投稿とはなんだったのか・・・。

 

本編もまだまだ書き足りないですしこちらはこちらで続けていきますけれど、小説なんて今すぐ始められる程ぬるいもんでもないでしょ、とも思います。

 

でも、新しい目標ができました!と声を大にしておきます。自分の逃げ道を無くさないと、またどこかに飛んでいってしまう根無し草なので。

 

〜〜〜

 

もし本当にやるなら「カクヨム」かなぁ~とぼんやり思っています。名前の面白さだと「魔法のiらんど」が圧倒的なんですけど、
あちらはもうただの素人が投稿していい場所ではないくらい成熟しているような気がするので(そもそも投稿とかやってるのかすら知らないけど・・・)。

 

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サムネ用