独白アフタータッチ

ひねくれ者のひとりごと

【016】偽言 - 始まらなかった五月を綴じよう

 

 

うつわり-こと【偽言】
いつわりごと。うそ。虚言。
欽明紀「—必ず多に有らむ」

 ——『広辞苑(第6版)』(2008)岩波書店

 

~~~

 

 「エタる」という言葉を知った。
 形容詞 エターナル(永遠)から生まれた造語だそう。
 途中で放棄されたり、更新が途切れたり、とにかく完結しないまま音沙汰がなくなってしまうような状態を指すとかなんとか。

 

 作者が他界されて完結しなかった場合にも、言ったり言わなかったりするみたいだけど、どちらかと言えば、誹りの印象を受けた。

 

 ブログの下書きの書いて消してを繰り返すうちに、一ヶ月が経過してた。
 あれ……? エタってる?
 気が付けば五月が終わるところ。

 

 書いて、消して。書いて、消して。
 初めのうちは同じリズムだったから気が付かなかった。

 

 そのうち、書いて、消して。
 書い……消して。消して、消して、書……。

 

 消して、消して、消して、消して、
消して、消して、消して、消して、
消して、消して、消して、消して、
消して、消して、消して、消して、
消して、消して、消して、消して、
消して、消して、消して、消して、…………あれ?

 

 気が付けば消すものがありませんでした。
 こわい。

 

 あんまり覚えてないけど(もう消しちゃったから)、
ゴールデンウィークにツタヤで借りた映画の感想とか書いたような気がするし、
ゴールデンウィークがいつの間に終わったことに絶望するだけの駄文を綴っていたような気がする。

 

 変な話、別にいつも投稿しているものと大差ない筈だから、理屈の上では消す理由がない。
(というか、ブログ自体自由なもののはず……)

 

 そもそも大概ものぐさ野郎なので、折角書いたものをみすみす消すような真似はしない。

 

 でも消した。
 「なんか違うな~」って思って、ちまちま手直しするのも違うなって思って、いっそのこと消しちゃおう! って消した。

 

 で、消すならどこまでもやろうと思って、ポメラに入ってたもの全部消した。

 

 消している間は自分のことを好きでいられる錯覚があった。

 

 何かを消す——それは否定。

 

 リソースは己のひとりごと。

 

 その否定——それは自己否定。

 

 否定は気持ちがいい。なにか「やった気」になるから。実際には何もしていないのに。
 それも自分の否定となれば、何よりも気持ちがいい。後腐れなんかない。
 言いたい放題やりたい放題。

 

 でも。どこまでも虚無。
 霞を食うようで、霞すら食えていない。
 虚無で腹は満たされない。

 

 虚しさの反動が来た。
 反動——もとい、ペナルティ。

 

 甘美なる自己否定はおしまいに、気力まで持っていってしまった。
 なにを書く気にもなれなかった。
 空っぽになったポメラをみて、よりやる気が失せた。
 なんのためにブログなんてやっているのか分からなくなった。

 

 誰も見てないのに更新する意味あるのかな?
 そう思う理由なら分かってる。つまんねーから。
 そう思った瞬間、ゼロになった。

 

 自己否定は繰り返される。依存性がある。

 

 散々自分をごまかして、適当な理由をつけてかっこつけていた。

 

 とてもダサい。

 

 ブログなんかに手をつけた時点で、「何者」かになりたいという邪な願いを否定することはできないし、間違っても自分で自分を否定してはいけないのに。

 

 だから、「月に一回は更新するぞ!(多分)」と自分で決めたルールくらいは守りたい。
「そのくらいは守れるぜ」くらいの軽さで守っていきたい。

  

 どんなに間隔が空いたとしても、月一回戻ってこられるうちは大丈夫だということで一つお願いします。頑張ります。

 

 ……なんてね。

 

~~~

 

 

 

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【015】久闊 - 散文オブ四月

 

 本を読んで、映画を見て、漫画を読んで、物語に触れたとき、面白かった・つまらなかったという感じたままの“ほんもの”の感情が、あの手この手で言葉に変換した途端“にせもの”になる気がした。
そんなこんなで、あれこれ言うのが野暮だと思っていたから、不定型でピントの合わない感情を持って満足していた時期があった。

 

しかし、それでは何が琴線に触れたのかということが、時間の経過と共に薄れていき、他ならぬ自分自身としても分からなくなってしまうのに気が付いたのも、割合最近の話。

 

 読書感想文が苦手な子供だった。
重ねて夏の課題の一行日記の類いも完走したことのない私としてはもはや、「文章を重ねる行為」がダメなのか、「感想を述べる行為」がダメなのか、「夏の課題」がダメなのか、判断することすら敵わなかった。

 

まだまだ暑い日の続く二学期の頭、放課後の教室で夏の日記を一行ずつ埋めていた。居残り常習だった。一日一言でも書けていれば……と後悔しながら、夏休みを閉じる作業に勤しんでいた。

 

 読書感想文について言えば、別に本を読むことが苦手だったわけではなくて、「この本を読んであなたはどう思いましたか?」という読書感想文的な、読書感想文たらしめる要素が苦手だった。

 

どう思いましたか? って聞かれたら、そりゃあまあ、究極的には面白かったか、面白くなかったかという話で、それ以上でも以下でもないと本気で思っていたし、なにより感想文の出来によって読書した事実そのものまで否定されたり肯定されたりするのが気に入らなかった。

 

 今となっては、「まあ読書感想文ってそういうもんだし」という諦観めいたものがあり、なんならインターネットの隅でこんな駄文を綴っているくらいだから、感想文という課題も悪くはなかったかもしれない、とかなんとか思っている。

 

 それはそれとして、今の自分としても、一冊をきちんと読んでみようかなと思いたったので、気になった箇所に付箋を貼って、後から見直してみるなどをした。

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横の付箋はインデックスのつもり
(対談集なのでそれぞれの冒頭に)

 そうすると、全部が同じ水準で己の中に響いていたと思っていたものも、よくよく読み返すと共感度にはグラデーションがあり、一冊の中で特に「これは」という箇所に関しては、本当にごく一部だった。しかしそれは決して悲観的なことではなく、むしろ喜ばしいことだった。

 

 しっかり頭を整理したことで読後の感情に迷いがなく、「なんかよかった」という曖昧さもなかった。付箋を貼って、(付箋の箇所を)読み返して、紙に書き出してみて、そこから「これは」というものを見つけて——。

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こんな感じで書き出してみて「これは」という部分にはマーカーを引きました
(字が汚いのでモザイク)

 たったこれだけのことで、こんなにも読書とは変わるものかと驚いた。なんなら少し感動したし、これを小学生の頃に会得できていれば良かっただろうな……と思った。
感動は確かにしたけれど——とても面倒だったから、色々良い感じに忘れるまでやりません。
……めちゃくちゃめんどかったし(たのしかったけど)!

 

 雰囲気で感じる楽しさというのも確実にあるし、必ずしも全てをはっきりさせなくてもいいのかな、気が向いたらたまにやるくらいでいいのかな、ということにしておきましょう。
疲れちゃうしね。

 

~~~

 

どことなく物語調な冒頭になってしまって、「別にダメじゃないんだけれど、なんかこう“ブログっぽい”ものではないな……」と思いながらも、とりあえず書き切ってみればこれでいいような気持ちでいっぱいでした。本当にこれでいいのか……? 
楽しければいいことにします。

 

 本文に写真で登場した本は、
西尾維新 (2016), 西尾維新対談集 本題, 講談社

bookclub.kodansha.co.jpという西尾維新の対談集です。

 

話があらぬ方へ脱線したり、逆に深く深く対話が続いたり、本音っぽい話を本音のトーンで話していたり、通常のインタビューでは見ることのない会話が続いて非常に面白いのでオススメです。
読めば読むほど700円という価格設定で本当に合ってる????? もっと払わせて???? という気持ちになるので、とても得した気持ちになります。
(付箋貼って別紙にメモまでした本の紹介とは思えないくらい中身なくてウケる……;;)

 

別の機会でしっかり内容についての感想を書ければと思っています。というか書きたい。

 

またいつかお目にかかりましょう。では。

 

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サムネ用

3月なんて知らないわ

 

 ついに三月も終わり、ついでにエイプリルフールも終わってしまいました。時間の経過があまりにも早すぎないか……? 三月がなんとなくバタバタしていたとはいえ、更新する暇がないほどであったかと言われると、決してそんなことはなく。暇な日はとことん暇でした。

 

挨拶が遅れました。
愛知県西尾市の「尾」、
更級日記の「更」、
萌え木の「木」、
尾更木(おさらぎ)と申します。

 

存在しない姓なので毎回一文字ずつ変換しています。ユーザー辞書には登録していません、恥ずかしいので……

 

 はてなブログって一ヶ月更新しないと「そろそろ書いたらどうですか?」って謎の催促メールが届くんですね。怖すぎて震えます。

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「やる気ないなら辞めていいよ」の圧を感じる。怖い。

 

 怖いので今月は2回くらい書きたいと思います。どうなるかは――神のみぞ知ると言ったところ。

 

これだけというのもしのびないので3月の思い出でも一つ。

 

 ポメラを買ったのが3月で一番大きな出来事でした。マイナポイントを滑り込みで申請して、その足で半年以上逡巡していたポメラを買いました。DM200。 結局ブログとかでしか使わなさそうだとか、今まで通り携帯のメモ帳で事足りているだとか、なかなか踏ん切りがつかなかったんですけれど、遅れて5,000ポイント貰えるし、ここしかねえ! いったれ! といった感じで購入。

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ベタ打ちしても見やすいのは◎

 バッテリーで駆動するワープロ機みたいな感じというか、そうとしか言い様がないというか。

 

 キーボードのタイプ感が非常に小気味良くてたのしいです。打ちやすいラップトップのキーボードみたいな感じ。大きさ的にもテンキーがないタイプのマジックキーボードとほぼ同じで、あちらより少しキー同士の感覚が狭いですが、気になるほどではないです。

 

 「エネループを導入しましょう、以上!」な話でしかないんですが、電子辞書の電池を切らさずに買うのを面倒に感じてしまうタイプなので、バッテリー駆動は本当に嬉しいです。EX-word もバッテリー駆動のやつ出ないかな……。

 

 「未来圏から吹いて来る透明な清潔な風」をポメラに感じている訳なのですが、一つだけ心配事があります。それは、元を取るくらい使う前に唐突に壊れるのではないかという不安です。アマゾンとか楽天市場とか、結構どこのECサイトにも「数ヶ月でお釈迦になりました」的なレビューが散見されているので、ある程度起こりうる事なのだろうなと身構えています。まあ身構えたからといって、いざ壊れたときに立ち向かえるかと言われば、どうしたって取り乱しそうなきがします。弱い人間なので。

 

 携帯のメモが割とパンク気味なので(整理するのが面倒なだけ)、ポメラは無限大の可能性を秘めていると言っても過言ではありません。今はブログ書くくらいにしか目処がついてないですけどね^^;

 

 あ、そうそう。ポメラ買った話する人のほとんどが、当該記事をポメラで執筆している気がするのですが、面白みに欠ける気がしたので、僕はパソコンのメモ帳で書いています。“ひねくれ者”なので。

 

 ……普通に意味分かんないな。次からはポメラで書きたいと思います。

 

~~~

 

感覚的には2ヶ月ぶりくらいに編集画面を開いたような感じ。どうやって書いてたか思い出せないので、適当に振り返って自分のブログがどんな感じだったか思い出そうと思います。

 

二月短し、臆せよ弥生

 

二月が終わります。二月早すぎないか? 
西暦も二千余年——そろそろ二月を三十日にしても誰も怒らないと思う。

 

……はい。(はいじゃないが)

 

物語を書いていますだか、書きたいと思っていますだか、自分が過去になんと言っていたかはもう覚えていませんが、とても短い物語を紡ぐことができました。

 

名を『漫ろ歩き(すずろありき)』と言います。

 

一行文庫(https://onelinebook.com)のオリジナル作品に載せていただいております。
ありがたや……

 

~~~ 

 

一行文庫とは?

 

アートディレクター・デザイナー 岩下智さんによる、“全文を一行で読める本”のサイト。『走れメロス』『檸檬』『蜘蛛の糸』などの名作文学、田丸雅智さんのショートショート、オリジナル作品を一行で読むことができる。

 

詳しくは岩下さんのnoteを読むのがいいと思います。
こちら↓

 

 

~~~

 

過去の僕、見てる〜? やったよ〜。

 

5000字くらいだけれど、一応の完成をして作品の形を成したことに確かな達成感がありました。うれしい。

 

同人界隈のツイートで、「何度も確認したはずなのに、印刷されたものを見たら誤字がいるんだけど……バグ?」みたいなのを見かけた記憶があるのですが(多分存在する記憶)、最初は疑ってかかっていました。

 

「いやいや、そんなわけあるかいw」と。

 

結論から言えば、ありました

 

「なんでも書き切った時のテンションってちょっとおかしいから、少し時間をおいてもう一度見直すのが吉」という先人たちの教えを踏襲して、早る心を落ち着けながら次の日の朝に見直しました。

 

「結構誤字がありますねぇ(ニチャア……)」といった感じでたくさん直して、念のため二〜三回読み返して——もういいだろ、いったれ! と思って応募。

 

(自分の作文読み返す作業ってなんであんなにツラいんだ……?)

 

後日、掲載していただける旨をメールにていただき、プレビューを確認していると、
物語が破綻するような大きな矛盾がチラホラ、
細かい変換ミスもチラホラ。

 

「君たち今までどこに潜んでいたの……?」になりました。
めちゃくちゃ怖い。

 

誤字、現代の怪異といっても差し支えないのでは……? 

 

文字通り意味通りの拙作で、処女作(笑)なので仕方ないか……とはならないもので、とにかくヒヤッとしました。
これは直さねばと思い、直し始めると芋づる式に次々見つかる修正箇所。

 

他人の文章——もとい文字群だと思うと初めて分かる誤字。
なぜゲラを直させるのか、なぜ校閲という職業があるのか、身をもって分かったような気がします。

 

やはりブログは楽でいいです。独善的でいいのでネ。

 

とても申し訳ないなと思いながらも、直しすぎて真っ赤になった修正版を再度送付して対応していただきました。
(本当にありがとうございました。足を向けて寝られません。)

 

で、晴れて拙作(漫ろ歩き/尾更木こよみ)が公開になったワケでございます。

 

気が向いたら読んでいただけると幸甚に存じます(図々しい)。

 

冒頭でも少し触れた通り5000字くらいなので、一日で書き終えたのですが、タイトルのことを一切考えないまま書き終えてしまったので、タイトルで半日悩みました。

 

本文がロングコピーみたいなものだと思えば、いいタイトルも本文から見つかるのでは? と舐め腐っていました。が、一向に出てこない。

 

ああでもない、こうでもないと逡巡するだけで、すごい時間が流れていく。

 

藁にもすがる思いで辞書をめくってめくって、“漫ろ歩き”に出会った時は思わず「エウレカ!」と叫びそうになりました。

 

「今回の件から僕が得るべき教訓は、タイトルは先につけるのが吉——だ」

 

今回は自分としても納得いくものに出会えたのでよかったですが、本当に大変だったのでタイトルが先のほうが安心だと思います。

 

掲載していただいて、とても嬉しいのはまず間違いないのですが、僕はまだ読めていません。怖いので。(は?)

 

オリジナル作品は今後も門戸を開いているそうなので、ぜひ皆様もチャレンジしてみてはいかがでしょうか。なかなか刺激的な体験になるのではないかと思います。

 

~~~

 

(あとがき)

 

長編を書く準備をしていたのですが、ちょっと書いては「なんか違うんだよな……」を繰り返しているうちに、書かなくなりかけていたので、一行文庫に巡り合えて本当によかったです。
モチベーションが復調しました。

 

先も見えず終わらない15,000字よりも“書き切った5,000字”の方が達成感があったので、ちゃんと終わるって大切なんだなあという学びを得ました。

 

一行文庫は、読むのも「先の展開が見えない(文字通り)」し、書くのも「一行だとどう映るんだ……?」と想像しながら書いていたので、今までにない全く新しい読書体験でした。
すごい楽しかったです。

 

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サムネ用(変なテンションの上がり方をして「のりまみた〜」って書きました)

 

深夜の愚痴

 

真空ジェシカが冗談を縦置きして省スペースを図ったり、Dr.ハインリッヒがエア・太宰治に「もっと自信もって生きろ!」つってビンタして「生まれてきてごめんなさい」のアンチテーゼを唱えたり、「なんでこんなこと思いつくの……?」と無意識に決めてしまった限界の遥か先から笑わせてくれる。

 

やっぱり覚悟の差なのかな、なんて寝ぼけたことを思ってしまう。

 

Q.「命燃やして人生賭けてまでやりたいことはありますか?」
A.「ないなあ、わからん」

 

西尾維新作品の特徴とも言える小気味の好い会話パート。そこから“お笑いのエッセンス”を感じ取った人の感性に脱帽。

 

「ああそれワタシも思いました〜」って乗っかるのは誰にだってできるから。
インタビューなんか読んだときに、世間で天才だなんだって持て囃されてる人だって案外人間なんだなって思ってしまうのは、自分の頭で考えられてないことの証明かも、なんて思う。

 

憧れは嫉妬か、それとも呪いか。

 

「知らないことを知るのに喜びを感じるのは万人がそうやと思う。こよみさんだけの感覚としてその面白さの根底が何か言語化できないならそんな曖昧なこと言わんほうがええ」

 

この間初めて人に言われて、確かにと思った。

 

ぐうの音も出ない。けれど。言語化できないからこんなにも息苦しくて、イラついて。別に言ってくれた人は何も悪くないのに。

 

「うなじのあたりにUSBポートがある筈なんだ。そこに刺して頭を覗いてくれないか? そしたらあなたには、僕の言わんとすることがわかるかもしれないだろ」

とは言えない。そんなもんねえよ。

 

漫画家の人が面白いことを言っていた。

「本当に夢に破れた人ってそんなに多くない。夢に破れてないのに、勝手に無理だって決めつけて諦めただけ、勝負もしてないのに」

みたいな感じだったと思う。

 

痛いこと言うよ全く。でも憎いとは思わない。だってそう思うから。

 

僕は小説を書き切ることを人生の裏テーマに日々へばりついているけれど、書き切っていない内からグダグタと言っている。余計なことを考えた挙句、それらのせいにして自分を誤魔化す。

 

口下手連中みんながみんな、文章で勝負できる訳じゃない。
ただ生きづらさを感じるだけの人もごまんといて、けれど、何もしないうちから——というよりはやり切らないうちから決めつけたくはなくて、もしかしたら苦しい方苦しい方へ自分から流れていってるとも取れる。

 

上を向けるほどバカじゃないけど、考えなしに下ばっか見れるほどお利口さんでもない。じゃあどうするか? 言語化できないなりに伝える方法でも考える他あるまい。といういつもと同じ着地点。

 

ヤマもオチもないけれど、深夜の愚痴なんてものは後から恥ずかしいくらいでいいと思う。

 

今年はあと何回似たようなテーマで愚痴るのか? なんてのは逆に気になりますね。(前向き!)

 

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サムネ用

2020年の振り返りと2021年

 

あけましておめでとうございます。こよみと申します。
三箇日過ぎてもあけおめって言っていいのかな……? 
わかりませんが、去年の振り返りでもして今年に備えようと思います。

 

まさか年越せると思いませんでした(ブログが)。当然やめる気なかったけど、よく続いたなと。

 

自暴自棄ってほどではないけど、散文的にウワ〜ッてなりながら一回も推敲することなく世に放たれたもの——あまりこういう表現は好きではないですが、ゴミみたいなものもたくさん生み出してしまいました。減点
(自分の文章読み返すの恥ずかしいから勢いに任せているところはありますね)

koyomipoke.hatenablog.jp典型的なゴミみたいなの。

 

【】で数字を括ったものを初めにやってしまったせいで、長めのツイートみたいな文を投稿しづらくなった感じがありますね。いわゆるところのブログっぽいことを言いたくなっても、全部番外編になってしまいました。減点

koyomipoke.hatenablog.jp

 これとか。

 

【】で数字を括ったものは、物語小説への憧れから来ていたものだったのが分かって、実際に自分も挑戦したいと思えたのは良かったですね。加点

 

タイトル凝ろうとして、凝ろうとした結果タイトルで何も伝わらないのダメだったな……。減点

 

記号の使い方が徐々に正しくなっていったのは成長……と言っていいのかな? 当たり前は当たり前じゃなくても、常識と言われればそれまでだし……。保留

 

サムネイル作るのがめんどくさかった。本当に。無限に時間が吸われるのに満足のいくものにならない。でも、やっぱり1枚くらいは画像あってほしいなと思って、作らないわけには……。でもめんどくさいと思ってました。減点

 

自分の文章読み返すのが怖くて怖くて、でもいざ見てみたら言うほど悪くないじゃんと思えるものもあったりして。加点

 

自分のことを“表現者”なんて嘯いていた。青臭いことこの上ない。でもこの青臭さは、いつか無くなってしまうものだと思うんですよね。そう思うと急に愛おしく思えてきた。保留

 

とまあ色々思うところはあったけど、“功罪相償う”ということで。
(“功罪相償う”の使い方、絶対違うんだよな……)

 

これから、というか今年どうしていくかという話でもして終わろうと思います。

 

まずは小説を書きます。書き始めてはいるので、書き切るというのが目標なのかな。

 

書き切った時のことはその時考えようと思います。とりあえず完成させたいです。

 

あとはもっとブログっぽい投稿ができるようになりたいですね。読んだ本の感想でもいいし、どこか言った話でもいいし、写真がいっぱいであんまり文字がないやつでもいいし、ちゃんと目次があって丁寧な、ブログっぽいのがやりたい。
“肉とキャベツとにんじんしか入ってない、ほんの少しの天かすと、青のりが死ぬほどかかったやきそば(縁日の露店のやつ)”みたいな、絵に描いたようなわかりやすいのがいい。

 

【】で数字を括ったシリーズ、大したことないのに気取っててなあって思う。ほんとに大したことないのに、これのせいで全部その他になっちゃったし。

 

去年よりいっぱい投稿したいなと思います。あんまり考えてないような、もっと(いい意味で)適当な感じのをたくさん書きたいです。

 

僕にとっても、この記事を通りすがったあなたにとっても、今年が素敵な一年になればいいなと思います。またどこかで会いましょう! 
今年もよろしくお願いします!

 

(追記)『ジョゼと虎と魚たち』のアニメ映画がすごい良くて2回見にいきました。パンフレット買えばよかった。

 

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サムネ用

【014】偶詠 - 毎日が歴代最高

 

今年も残すところわずか。早いもので、年の瀬でございます。
いや、本当に早かったですね。早いと感じたということは、なんだかんだ充実していたのかななんて思います。

 

よく言われる便利な慣用表現のひとつに“変わらない毎日を過ごした”なんてものがございますが、文字通り、本当に変わらない毎日でした。

 

なんでもかんでもオンライン。朝起きて必要なものをイントラネットから引っ張ってきたり、必要に応じて印刷したり、zoomで会話したり。

 

もともと僕は出不精なやつなので、余計に家から出なくなりました。お家最高。暖かい部屋で飲むドクターペッパーが最高です。

 

“いつも通り”な時間の流れが段々と“いままで”のものになってきて初めて思ったのが、「当たり前は当たり前ではない」ということでした。

 

当たり前だと決め込んで、ただ受益者に成り下がってしまえば、一生このまま気づかなかったかもしれない、「転んだやつにしか見えない景色がある」的なやつ。

 

“いつも通り”なら行けない時間に行った本屋さんがいつもより空いていました。
自分を含めて5人しかいない文庫のフロアは歩いているだけでも楽しくて、会計を済ませて蓋を開けたら身に覚えのない本が半分くらい占めていたときは驚いたけれど、読んでみたら面白かったという。

 

少し深い時間に、地図も見ないで適当に行き当たりばったりで歩いていたら、本当に迷って焦ったこともありました。
地図アプリで位置情報とったら幹線道路のすぐ近くで、交通量が少ないと案外わからないものですね。アレは本当にビビった。

 

などなど。挙げてみると案外“いつも通り”でした。でも多分、ここまで感動することもなかったと思います。(もしかして普段が寂しすぎるのでは……?)

 

話は変わりますが、飲み会はリアルでしたいですね。
電波を通して同じ時間を共有できるかもしれないけれど、同じ空間は共有できないから、やっぱり味気ないと思います。そもそも、プライベートとパブリックの境界線がぼやけるみたいで嫌だなって思います。

 

来年の年末は気兼ね無く居酒屋さんで乾杯したいな、できるといいなと思います。
二日酔いするまで飲みたい!

 

唐揚げの舟盛りの画像

サムネ用